東京高等裁判所 平成9年(ネ)1546号 判決 1997年7月22日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
【事実及び理由】 一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(一) 原判決を取消す。
(二)(1) 主位的請求
被控訴人は控訴人に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(2) 予備的請求1
被控訴人は控訴人に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成七年六月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(3) 予備的請求2
被控訴人は控訴人に対し、金一四四万円及びこれに対する平成九年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(四) 右(二)の仮執行宣言
2 被控訴人
主文同旨
二 当事者双方の主張は、次のとおり敷衍する他、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人)
1 控訴人も、テニスコート、プール、ロッジ(以下、この三施設を総称して「テニスコート等」という)が本件ゴルフ場に付帯する施設であることは争わない。しかしながら、甲第三号証のパンフレットには、本件ゴルフ場の施設として、テニスコート等が明記されており、その文章中にも「自然の中に作られたテニスコート、体と心をリフレッシュさせるプールなど、多様なスポーツ施設も用意される」と明記され、テニスコートやプールの写真が掲載され、クラブハウスの全体図にも同施設が描かれている。従って、テニスコート等の付帯施設は、当然に会員に提供されるということが契約の内容となっている。会則においても、第二条においてことさら「その付帯施設を利用し」と明記されているのはこのためである。勧誘の際にも、岡野というセールスマンが控訴人に対して、テニスコート等の施設があるから良いのではという勧誘をしているし、支配人の佐藤健二郎も、テニスコート等の三施設が揃ったゴルフ場であることをセールスの目玉にするという考え方を持っていたと証言している。以上からすれば、本件契約では、テニスコート等の付帯施設を会員に提供することも契約の内容になっていたというべきことは明らかである。テニスコート等の付帯施設の履行期は、パンフレット記載の平成二年秋である。しかるに、今現在も、右付帯施設は完成どころか着手もしていないし、いつ頃完成するのかの予定も立っていない。これは履行遅滞といわざるを得ないのであって、本件契約を解除することができるのである。
2 有償契約である本件契約において、本来造成されるべき施設が造成されていないという場合に、担保責任の規定を準用ないし類推適用して減額の請求を認めるべきである。被控訴人は、社会通念上遅延が許される期間を経過しても本件契約において造成すべき施設を造成していないのであるから、この点における担保責任は免れない。しかして、本件クラブ中のテニスコート等が占める割合は、施設全体の二分の一を下回らないから、控訴人は入会金及び預託金の二分の一の返還を求めることができる。
3 本件クラブのテニスコート等は、本来開業が予定されていた平成二年の秋以降も開業が遅延しているところ、前述のとおり同施設が占める割合は、施設全体の二分の一を下回らず、この開業遅滞に伴う損害は、平成三年一月以降年間二四万円(四〇〇万円の六パーセントに当たる金額)を下回らないから、六年半で一五六万円となり、この限度で控訴人に損害が発生しているのは明らかである。
4 本件のようにテニスコート等ができていないということは、家族で使うという当初の控訴人の目的が達せられないことは明らかである。そして、被控訴人も、家族で楽しめるという点を集客の目玉の一つとしてセールスしたという背景がある以上、付帯施設が竣工しない限り、当初の責任が果たされないことも明らかである。本件契約におけるテニスコート等は付帯施設ではあるものの、当事者にとっては契約の重要な要素たる債務であって、単なる付随的債務ではない。従って、かような契約の重要な部分を占める不履行がある場合には、契約を解除できるものというべきである。この点では、最高裁判所の平成八年一一月一二日の判決が参考にされるべきである。結局、被控訴人は、本件会員契約において重要な要素であるテニスコート等の付帯施設の提供義務に違反し、本来の竣工時期である平成二年よりも七年以上もその履行を遅滞し、その間代替処置を講ずることもなく、また近い将来に付帯施設を竣工させる目処も立たない状況にあり、社会通念上到底その不履行は許容できる限度を遥かに超えているから、控訴人の本件契約解除は有効である。
(被控訴人)
1 控訴人の主張1は争う。本件入会契約の目的及び要素はゴルフ場施設の優先利用権にあることは明白であるが、本件クラブにおいてはゴルフ場施設が完成していて、現実に会員の利用が可能な状況にあるのであるから、控訴人の主張する履行不能及び履行遅滞の主張は失当である。
2 同2の主張も争う。ゴルフ場入会契約における預託金の据置期間制度の趣旨及び入会契約が数量的把握が不可能であるゴルフ場施設の優先利用権を契約内容としている以上、本件においては民法五六五条を類推する基礎を全く欠いているのであり、減額請求が容れられる余地はない。
3 同3の主張も争う。なお、控訴人は、ゴルフ場以外の未完成部分を全施設の二分の一を下回らないと主張するが、本件クラブの総工費は二〇〇億円であるところ、テニスコート等に関する費用は五億円を下回るのであるから、右施設の割合は、工事費用を基準にすれば本クラブ全体のわずか四〇分の一程度であることが明らかとなっている。従って、施設全体の二分の一を基準として減額請求等をしている控訴人の主張は理由がない。
4 同4の主張も争う。
三 《証拠略》
四 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり敷衍するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 右引用に係る原判決の認定によれば、以上の事実が認められる。すなわち、控訴人は、平成元年一二月一二日、被控訴人との間で「ゴールデンレイクスカントリークラブ」の入会契約である本件契約を締結し、入会金二〇〇万円、預かり保証金六〇〇万円を支払ったものであるところ、控訴人は、自らプレーもするが、本件ゴルフ場以外にもゴルフ会員権を二つ所有しており、本件ゴルフ会員権を含め、これら会員権所有の目的には利殖もあった。右預託金の預り金証書には、預託金について「ゴルフ場本開場の日より一五ヵ年据置、無利息です」と記載されているところ、本件ゴルフ場は、当初、平成二年秋開業予定であったが、現実にゴルフコースが完成してオープンしたのは平成四年一〇月のことであり、現在ゴルフ場の年間入場者数は約五万人である。本件ゴルフ場において現在完成している施設は、ゴルフコース二七ホールズ、クラブハウス、キャディハウス、管理棟、スタートハウスであり、その他の施設としては、練習場は、完全に整備されてはいないが、練習はできる状況であってほぼ完成しているということができるものの、ロッジは、主要構造体部分は完成しているが、内装は全くされていないし、テニスコート及びプールは、用地はゴルフ場内にあるものの、施設は全く未着工であって、これらは未完成といわざるを得ない状況である。被控訴人は、これらテニスコート等の施設を完成させて他のゴルフ場に優越したゴルフ場としたいと考えているが、その資金事情から、現時点ではこれらの着工予定は立ってない。
2(一) ところで、被控訴人が募集に用いたパンフレット中に記載されている会則によれば、テニスコート等の施設を明示して記載している条項は、本クラブの運営を円滑に遂行するための各種委員会の設置を定めている第二〇条五号中に「ハウス、食堂委員会(ロッジを含む)」とあるのみである。そして、総則の第二条に「本クラブは株式会社ゼネラル・コースト・エンタープライズが所有し、かつ経営する本ゴルフ場の諸設備その他付帯施設を利用し、会員がゴルフを楽しみつつ心身の健康増進と会員相互の親睦を図り、本クラブをして明朗健全なる社交機関たらしむることを目的とする」とゴルフを楽しむこと等を目的としているものであることが記載されており、第九条に「平日会員は日曜、祝日を除く平日に限り、コース並びに付属施設の利用ができる」とあって、同条や右第二条に「ゴルフ場の諸設備その他付帯施設」とか「コース並びに付属施設」と記載されていて、ここでもゴルフ場が主体であることが記載上明白であることからすれば、これら「施設」中からあえてテニスコート等を排除する理由はないものの、右「施設」が想定している施設の中心はクラブハウスのことであろうと考えられる。さらに、第五章会計の項には、収入は会社に預託し、これを「ゴルフ場施設の運営ならびに通常経費に充当する」とあって、付帯施設の運営費等については全く触れていないのである。このように、会則中では、本件クラブの中心施設はゴルフ場であることが種々の条項中で明らかにされており、テニスコート等の施設は極めて軽い比重を持つものとして処遇されていることが明らかであるというべきである。
(二) さらに、前記パンフレット中には、<1>建設概要の施設欄にゴルフコース二七ホールズ(一万〇七〇二ヤード、パー一〇八)との記載と並べて、「練習場、テニスコート、プール、クラブハウス、ロッジ、キャディハウス、スタートハウス、管理棟、その他」との記載があり、さらに、<2>プールで泳ぐ女性やテニスコートでくつろぐ男女、ホテルの一室の写真が掲載されている。そして、<3>宣伝文章中に「もちろん、快適なクラブライフにはスポーツの要素も必要だ。自然の中に作られたテニスコート、体と心をリフレッシュさせるプールなど、多彩なスポーツ施設も用意される」とあり、<4>ゴルフ場の全体を描いた図が記載されているが、その中にプール、テニスコートが描かれており、ロッジと思われる建物の図もある。このように<1>の施設概要にテニスコート等の施設の記載があり、これらの施設の写真、図等が同パンフレット中の至る所に散見されることからすれば、テニスコート等の施設が設置されることが本件クラブ入会契約の有力な要素となっていたということも考えられるように見える。しかしながら、さらに検討してみると、<1>の施設の記載では、ゴルフコースについてはコース数、規模が明記されているのに、テニスコートの面数、プールやロッジの規模等は全く記載されていないのであって、その扱いには明らかに軽重の差があるし、右<4>の全体図は、一瞥して、確定された計画に基づいて描かれたものではなく、全体の様子をいささかの誇張を入れて魅力的に描いたいわゆるイメージ図であることが明らかであり(この点は、<2>の各写真についても同様に明らかである)、同全体図中のテニスコートのコート面の数は、同パンフレットの頁毎に二面であったり三面であったりして異なっており、またプールの設置場所やロッジの外観も同パンフレットの中で頁毎に異なっていて、これら施設がどのような構造・規模のものとして会員に提供されるのかは、未だ確定したものとして記載されたものではないことが一見して容易に見て取れるのである。さらに、<3>の宣伝文章も、その他の頁には「プレイヤーにゴルフの醍醐味を約束する」等の本件クラブのゴルフ場としての優秀性を謳う文章だけが記載されているのであって、右テニスコート等に関する記述は、その文章中に占める位置及び割合から考えて、本件ゴルフ場の他のゴルフ場と比較した優越性をさらに補強しようとして記載されている文章であることが明らかである。このような同パンフレットの記載からは、テニスコート等の施設は、本件ゴルフ場が他のゴルフ場と比べて優越性を有するとの印象を得ようとしたものではあるが、それは、本件ゴルフ場の優先利用権をその本体とする本件契約の中では、極めて重要性の薄い付随的部分であるといわなければならない。
3 以上によって考えてみると、
(一) 本件契約の契約書はなく、契約条項は判然としないのであるが、前示会則の内容やパンフレットの記載から判断すると、テニスコート等の施設を利用させることが被控訴人の控訴人ら会員に対する義務のなかに含まれるとしても、それはゴルフ場の優先利用ができることを前提として、これに付加してそのほかに被控訴人が控訴人ら会員に対して負う付随的義務であるといわざるを得ないのであり、社会通念に照らしても、それがないと本件契約の目的を達することができないといった契約の要素となっているものではないといわざるを得ないのであるから、契約の要素であるゴルフ場優先利用権が阻害されていないのに、本件契約を解除できるとか、本件契約に錯誤があったとか、詐欺によって契約したとかいうことはできないものと考えざるを得ない。この点に関する甲第五号証の記載及び原審の控訴人本人尋問の結果は、前示各事実に照らして採用できない。控訴人は、前示最高裁判所の判決(判例時報一五八五号二一頁以下)をあげてこの点の主張をするが、同判決の事案は、屋内プールの設置利用が会員権契約の要素たる債務の一部であり、しかも会員権契約とマンション購入契約は密接に関連付けられているもので、契約書や会則等からもそのことが明らかな事案であって、本件とは事案を異にするから、右控訴人の主張は採用できない。
(二) 次に、控訴人は、予備的請求1として、テニスコート等の施設が利用できないので、入会金、預託金の二分の一の返還請求ができると主張する。しかしながら、前示の事実関係からすればテニスコート等の施設が二分の一に当たるとする主張がそもそも採用できないのであるが、その点はおくとしても、本件預託金には前示のとおり一五年間という無利息の長期間の据置期間が設けられており、これによってゴルフ場は資金手当の心配をせずに施設拡充や運営等の計画を立てることができるものであるところ、この一部であっても返還を認めることはその制度趣旨を破壊することになると考えられるのみならず、入会契約は数量的把握が不可能であるゴルフ場施設の優先利用権を契約の主要な内容としており、入会金、預託金の金額は右ゴルフ場施設の優先利用権の対価として決定されているものであるから、右ゴルフ場施設の優先利用権が確保されている限り、入会金、預託金の一部減額請求は許されないものというべきである。仮に控訴人主張のような一部減額という一部払戻と同様の結果を認めるとすると、その減額(払戻)金額をどのように算出するのか、一部減額(払戻)済み会員権とそうではない会員権をどのように公示し、区別するのか等の複雑な問題を生じるのであって、これらのことをも考えると、本件のような場合には、控訴人主張のような一部減額請求(払戻)は許されないものというべきである。
(三) さらに、控訴人は、予備的請求2として、テニスコート等の設置遅延による損害賠償として、入会金、預託金の半額に対する年六分の割合による金員の支払いを請求しているが、前示のとおり、テニスコート等の施設の不設置は極めて軽い付随的な義務違反というべきであるし、その履行遅滞によって、控訴人に具体的にどのような損害が生じたのか判然としないだけでなく、その損害金の額を控訴人主張のように算出すべき根拠も見出せないのであって、本件においては、控訴人のこの請求は理由がないといわざるを得ないのである。
4 結局、控訴人の主張はいずれも採用できず、控訴人の請求は理由がない。
五 よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 佃 浩一 裁判官 高野輝久)